花火の季節によみがえる憂鬱な記憶
毎週末どこかしらで花火があがるこの季節。
街中や電車の中で
浴衣姿の女性をたくさん見かけます。
鮮やかに咲くお花や色とりどりの模様は目にも楽しく、華やかな空気に満たされます。
でも、
そんな穏やかな心も束の間。
一転して〝あの日のこと〟を思い出してしまいます。
新婚1か月。
今までに見たことのない
夫の恐ろしい別の顔を知ることになった衝撃的な日のことを振り返ります。
花火の夜の悲劇 大雨
夫婦になって最初の夏休み。
夫が急に
「明日、諏訪湖の花火に行こう」
と提案してくれました。
あまりにも急な提案で驚きましたが、その時は素直にうれしかったです。
※夫婦の予定は夫の気分で決まることが殆どで、朝起きて急に旅行に行こうということも何度もありました。前もって予定を立てるのを好まず、出発してから予定が変わることもよくありました。
それから夫は急いでレンタカーを予約。
私は浴衣と甚平を買いに行きました。
※夫から「浴衣もってないの?」と聞かれ〝ないけど、あった方がいいんだろうな〟という空気だったため、察して慌てて買いに行きました。
翌日。
長野までのドライブは穏やかで楽しい時間でした。
駐車場を探すのに苦労しましたが、何とかクリア。
そこからは電車に乗り、花火会場の諏訪湖に向かいました。
電車の中で、夫が
「一緒に花火が見られて幸せだよ」
というような言葉をくれました。
私は、素直に
しあわせな気持ちになりました。
それと同時に
駐車場を探すのに手こずり、夫がだいぶピリピリしていたので、空気がもち直って安心もしていました。
駅からしばらく歩いて会場に着くと、たくさんの観客やにぎやかな屋台の並ぶ光景に私の心は浮かれました。
良いアングルで花火が見える場所を探し、しばし花火を鑑賞しました。
今、改めて振り返ると
この時くらいから少しずつ夫の様子が変わってきていたように思います。
夫は一眼レフカメラで花火の動画を撮っていましたが撮影が思うようにいかない様子で、立ったり座ったり場所を変えたりと落ち着きませんでした。
夫が撮影しやすいようにと配慮しても
とげとげしい言葉で返されたり、
花火に感激して夫に笑顔を向けても
聞こえていない(?)のか相手にしてもらえずそっけない感じでした。
夫の急な不機嫌が何だか分からず、
私は心が委縮し、混乱していました。
夫がだんまりで動画撮影に夢中になっている間、私はひとりで花火観賞しました。
程なくして
大粒の激しい雨が会場を襲いました。
私たちは急いでその場を離れ、
花火会場を後にする大勢の人の波に乗り、駅へと向かいました。
全身びしょ濡れで周りの人たちもものすごく悲惨な状況でしたが、私はその状況を嫌だとかしんどいとか考えるよりも、怖い顔をした夫のことばかり気にかけていました。
夫はずっとむすっとした表情で口数少なく、たまに発する言葉は文句や不満めいたものでした。
一緒に「雨降っちゃったね~」とか「びしょ濡れだね~」などと言うならいいのですが、夫は一方的に不機嫌をぶつけてきました。
私は不安や混乱でいっぱいでしたが、夫の心がこれ以上ひどくなってしまわないように、この状況を抜け出そうと明るく努めました。
なんとか駅に着きましたが、、
小さな駅は人が溢れかえってものすごい人だかりでした。
どこに並べばよいのかも分からず、しばらく様子を窺っていましたが人がまったくはけません。
夫はさらにイライラがつのり、
舌打ちしたり大きなため息をついたり
怖い顔で何やらぶつぶつと悪態をつく夫。
負の感情が出すぎている夫をなんとか受け止め励まし、必死にその場の空気を保とうとしていました。
あまりにもあたりが強いので、何だか私が悪いことをしてしまったような気になり
「連れてきてもらっちゃったから、ごめんね」と、何度か謝ってしまいました。
その後、夫の提案で
今いる駅をあきらめて歩くことになりました。
夫はしばらく長野に住んでいたことがあり、土地勘があったからです。
私は、夫の提案にきもちよく賛成しました。
花火の夜の悲劇 罵倒と慟哭
雨が降り続く中
私たちは歩き出しました。
この時はまだ、夫の不機嫌に対して楽観的に捉えている部分もあったため、こんな状況でも夫と遠足をしているような気分で楽しもうとしていました。
お店が並ぶにぎやかな通りや静かな住宅地を抜け、街灯もまばらな暗い道を延々歩きました。
最初は同じように歩く人たちもたくさんいましたが、みんなはどこへ行ってしまったのか、いつのまにか人の姿もぽつぽつと数えるほどになりました。
そのあいだに
夫の機嫌は明らかにますます悪化していきました。
夫はきっと
運転もしてくれたから疲れているのだ。
私と花火を楽しもうと考えてくれたのだから、私も夫のために役に立たなくては申し訳ない。せめて夫の心の負担を軽くしたいと思いました。
私は花火が見れたことへの感謝を伝え、こうして一緒に歩くのも楽しいし、印象に残るいい思い出になるね、などと明るく話しかけました。
しかし、私の言葉も思いも夫には何も届きませんでした。
夫は私の存在などいないかのようにまっすぐ前を見据え、かなり速いスピードで一歩一歩荒々しく足を運びました。
私はそんな夫に遅れてしまわないよう、夫の横を必死にキープしていました。
たまに夫の横顔を見上げると、
特徴的な大きな目はいつもよりかなり鋭く険しいのが分かりました。
今までに見たことのない夫の攻撃的な顔。
無言の威圧感。
私はわけが分からず、不安と恐怖でいっぱいに。。
〝夫は何でこんなに怒っているのだろうか〟
〝私が何か悪いことをしてしまったのだろうか〟
〝何を謝るべきなのか〟
ただでさえ、いつもと違う緊張感に立ち向かっていたのに、さらに〝私のせいで〟夫がこんなに恐ろしい空気をもたらしている。
どうしたらよいのだろうか。。。
3~4時間くらい歩いたと思います。
長く歩き続けたので、身体にも疲労が出てきました。
雨で濡れた浴衣が身体に張りつき、足を前へ運ぶのはものすごい重労働でした。
また、
日ごろ履き慣れない下駄のせいで鼻緒が擦れて激痛に悶えていました。
私は次第に夫から少し遅れがちになりました。
私の異変に気づいていたはずですが、一切目もくれず歩く速度も変えずに歩き続ける夫。
私は気合を入れてしっかり夫について行くため、一度立ち止まりました。
浴衣の着崩れを直し、
歩きやすいように足に張りついた浴衣を少しはだけました。
鼻緒で痛めた足の部分を庇い、履き直しました。
準備よし!
と気合を入れたところで前を見ると、夫がだいぶ先まで行ってしまってました。
私がいないことに気づいていないのかな?
いや、そんなはずはない。
わざとだ。
なんで???
とにかく早く追いつかなきゃ、と
歩き出そうとしたのですが、力が入らず歩けませんでした。
上手く言えないのですが、心がざわざわしていました。
私の心はかなり傷ついていました。
夫がどんどん小さくなっていきます。
あの先に行ったら夫が見えなくなる。
私はかなり焦りました。
ぼんやり見える夫を大きな声で呼びました。
「イチオー!」
夫は止まりません。
何度も夫の名前を叫びました。
ようやく夫が遠くで立ち止まったのが見えました。
私は足の痛みを我慢し、
できるかぎり急いで夫の元に向かいました。
夫は微動だにせず、こちらを見ています。
夫に近づいてきたとき、私は何か声をかけようと思っていたのですが、夫のその表情を見た瞬間に何も言葉が出てきませんでした。
ものすごく恐ろしい形相。
夫の目には殺意のようなものを感じました。
言葉の代わりに、涙が止まらなくなりました。
そして、私が夫の前に来た途端
急に目を見開き、ものすごく汚く柄の悪い言い方で
「遠くから人の名前を呼ぶな!」
「俺に恥をかかせるな!」
などのような言葉を立て続けに怒鳴りちらしました。
夫はさらに目をひん剥き、とにかく威圧的でおそろしい形相で訳の分からない脅すような暴言を何度も連呼しました。
私はそれまでの夫の不可解な不機嫌への不安や緊張、攻撃的な無視・無言、さらに今ものすごい勢いで怒鳴り散らされたことへの恐怖やショックで、夫をビンタしてしまいました。
〝いけないことをしてしまった〟
ビンタした瞬間に後悔しましたが時すでに遅しです。
とっさに謝り、
なぜ不機嫌なのか
何に怒っているのか
私が今日ずっと感じてきたことを夫に問うていると、夫は私の言葉を乱暴にさえぎり激昂しました。
「ここから一人で帰れ」
「ついてくんな」
「絶対許さないからな」
などと怒鳴り吐き捨て、歩いて行ってしまいました。
私は馬鹿みたいに泣きながらそこに取り残されてしまいました。
夫が怖い。
でも、私が悪いことをした。
私が悪い。
私は死に物狂いで夫を追いかけました。
やっと夫に追いつきましたが、
夫は一切こちらを見ず、悪態をつき、まったく歩を緩めません。
必死について行きながら、ビンタしたことを何度も何度も謝罪しましたが汚く罵られるばかり。
立ち止まってもらいたくて腕をつかもうとすると、ものすごい力で手を払われたり、脅すような大声を出しながら腕を強引に引き剥がされました。
私は諦め、
とにかく夫からはぐれないように静かに後を追いつづけました。
花火の夜の悲劇 冷たい車中
やっと駐車場にたどり着き、車に戻りました。
夫は運転席に座り、私は後部座席に。
そして、あらためてビンタしたことを夫に謝罪しました。
いろいろ言いたいことや聞きたいことがありましたが、ビンタした私が何かを言える立場ではないと思ったので、謝罪以外は言葉を重ねませんでした。
それに、もうそんな力がありませんでした。
バックミラー越しに夫が恐ろしい目で私を睨みつけていました。
車を出すと、夫は大きなため息を何度もついたり、威圧的で不満気な声を出したりしました。
運転は荒く、攻撃的でした。
私は涙が止まりませんでした。
しばらくして高速道路のパーキングに入り、だだっ広い駐車場に車を停めました。
エンジンを止めると、ものすごい静けさでした。
夫はまたバックミラー越しに私を睨みつけ、
「おまえのせいで台無しだ」
「いいか、宿に泊まらないのはおまえのせいだからな。おまえのせいで俺もここで一晩過ごさなきゃいけないんだからな。風邪ひいたらどうすんだよ」
「暴力とかありえないわ」
などと、攻撃的に非難しながら私を責め続けました。
私はひたすら謝りました。
その後、夫はすぐに眠ってしまいましたが、私は声を押し殺して泣きました。
〝私はひどいことをしてしまった〟
〝私はダメな人間だ〟
夫に軽蔑されたことがとても悲しくてつらかったです。
雨で濡れた体は冷えきっていて
夏なのにとても寒かったです。
私は体を抱えて一晩を過ごしました。
夫婦の関係が変わった日
夫のモラハラ的な行動・言動がはっきりと出てきたのは、この日が最初だったと記憶しています。
夫に対して今まで味わったことのないものすごい恐怖と絶望、また自分を見失って感情的になってしまったことへの自己嫌悪と罪悪感で心がぐちゃぐちゃになった日。
なぜあの日に夫が本性をあらわしたのかは今もまったく分かりませんが、このあと、夫の顔色を窺い、緊張と恐怖に心を支配されながらの生活が当たり前になっていきました。
毎年、あの日の恐ろしい場面や胸の痛みがフラッシュバックしてつらくなります。
夫と別居してもなお
今もまだ、心の奥で疼き続けています。
いつか、優雅で華やかな大輪の花火や鮮やかな浴衣の花が咲き誇る光景を心から楽しめるようになりたいです。