雨もように神経質な夫
雨もようの朝は気が重い。
洗濯ものが乾かない。
買い物が大変。
それよりも、
朝の夫の対応が大変だったから。
モラハラ夫の朝支度。
憂鬱な雨の日の夫婦のおはなしです。
モラハラ夫は朝から不機嫌
一日中激務をこなす夫を送り出す妻として私は、夫が気持ちよく不自由なく出勤できるようにしたいという思いがありました。
でも、
どんなに朝の環境を整えても、穏やかに接しても、夫はいつも不機嫌です。
大きなため息を何度もついたり
不満そうな声を出したり
とにかく顔が険しい
言葉もきつい
普通の〝いってきます〟はありません。
毎日毎日
ものすごく重い空気を家において出勤していきました。
夫が出て行った後の空気で胸がぎゅっと締め付けられていました。
雨もようの朝の夫と妻
夫がシャワーから出てくると、
私は夫が飲む麦茶を用意し、脱衣所に持っていきます。
※夏は冷え冷え、冬は熱すぎず冷たすぎずの絶妙な温度を用意します。
温度がダメだと文句言われます。
夫の背中を拭きながら、
重い空気を打破するためにも、お天気の話をします。
「今日、雨降るって」
「え、、何時?(怒)」
「(テレビで)夕方って言ってたよ」
「だから何時?(怒)」
私は急いでケータイのお天気アプリで調べます。
「午後3時ってなってる!」
「何時まで?(怒)」
「どうだろう・・えっと夜には止むかな」
「ちゃんと調べて(怒)」
「わかった!ちょっと待っててね(焦)」
それから、慌ててテレビでお天気コーナーをやってる番組を探したり、ケータイで調べたり、夫が満足する正確な情報を伝えるべく、必死に調べます。
私は朝のお天気質問攻撃に〝ちゃんと〟対応するため、自分のケータイにお天気アプリを3つも入れてました。
- 何時から降るのか
- どれぐらい降るのか
- 何時に止むのか
- レインコートは必要かどうか
夫は〝雨が降る〟と知ると、不機嫌がさらに威圧的な態度に変わり、かなり細かいことを矢継ぎ早に聞いてきました。
すでに雨が降っている日には
レインコートを着るかどうかについてのやり取りが加わります。
夫は勤務先の学校まで自転車通勤でした。
雨の日は
- レインコートを着て自転車
- 傘を差して自転車
- 傘を差して20分徒歩
- タクシー(たまにある)
以上の選択肢がありました。
「レインコートどうする?出す?」
「雨どれくらい?(怒)」
「結構降ってるよ」
「だからどれくらい?(怒)」
「ほら、しっかり降ってるよ」と、
夫に窓の外を見るように促すのですが、なぜか頑なに自分で外を見ません。
「止まない?」
「うーん。今は止みそうにないよ」
夫の言葉にひとつひとつ抗わずに答えているつもりなのですが、夫はなかなか満足せず、正解にたどり着けません。
「大変そうだからタクシー乗っちゃう?」
「・・・(怒)」
いろいろ察して言葉をかけ続けるのですが、最終的には「いい!俺が見る」「俺が決める」と荒々しく言うのです。
最初からそうしてくれれば良いのに。。。
いろいろ頑張って調べても文句を言われる。
最終的にイライラMAXで夫が判断。
私もさすがにこの流れを学習しました。
自分の意見はなるべく断言せず「イチオが見た方がいいかも」と、夫に自然に判断を委ねるようにしたのですが、それもダメでした。
夫の質問・要求を〝放棄〟したと思われてしまったのかもしれません。
私の言葉に一瞬無言になり、
冷たく威圧的な表情で睨んできました。
雨もようの日は細かく質問をされるので、夫がシャワーを浴びている間にある程度は答えられるように準備しました。
でも、夫が満足する様子をしたことがありません。
- 雨の降り方(強い弱い)
- 気温
など、
その時に想定していないことも聞かれたりします。
結局、夫の機嫌を損なわないように、
お天気情報の収集に励むしかありませんでした。
雨もようは誰かのせい?
雨が降るのは誰のせいでもありません。
でも、夫とふたりでいると
夫に起こる不利益は私が悪いような気持ちになってしまいました。
「雨降りで嫌だなぁ」
「学校行くの大変なんだよぉ」
などと愚痴ってくれれば、私の受け取り方も違うと思います。
しかし、
夫は何事も威圧的、攻撃的に不満を訴えてきます。
私が謝らなければ場が収まらない空気になります。
だから、
お天気を操る神でも悪魔でもない私が、雨もようの日に仕事へ向かわなきゃいけない、という夫の不満を鎮めるために申し訳ない気持ちを伝えたり、謝罪したりしました。
雨の中、仕事に行く俺。
雨に濡れず、家で楽するお前。
雨の朝に、夫が直接言葉にしたわけではありませんが、日頃の夫の発言や態度を思うと、このような本音なのだろうと思います。
私は、大雨の日も買い物に行きました。
なぜなら、帰宅した夫が
「今日ムギコは何してたの?」
と聞くからです。
日頃、私のことに興味のない夫がわざわざ聞くということは、意味があるのです。
〝俺が大変な時にお前は何してた?〟
ということです。
私はその日の〝大変な雨〟をしっかり体感し、夫とその大変さを分かち合えるようにしていました。
「あー疲れた。すげー大変だった(怒)」
と、攻撃的な様子。
「今日の雨はすごかったね。前が見えないくらいだったよね。イチオは仕事前に体力使ってすごい大変だったよね。本当にお疲れさまでした」
「私なんて買い物ぐらいだけど、イチオは仕事してきたんだもんね」
わざわざ大雨の日に買い物に出なくてもよいのですが、私は、夫の〝俺は仕事してる〟という威圧的な言葉と態度の残像に常に怯えていました。
見えない夫の縛りに、家でも心からくつろぐことができず不自由でした。
天気予報はあくまで予報なのに
朝のお天気質問攻撃に真剣になるのは、他にも理由がありました。
外れたら怖い、から。
私の伝えた予報が外れて濡れて帰ってきたりすると、夫は恨めしそうな表情で文句を言います。
また、逆に折り畳み傘を持って行ったけど、結局使わなかったときも人のせいにするような不満を言います。
〝降らなくてよかった〟
ではなく
〝必要ないのに、重いものを持たされた〟
と言いたいのだと思います。
はっきり言葉に出すわけではありませんが、明らかに不機嫌で怖い態度をしてくるのです。
朝の出来事がここまであとを引くのです。
朝伝えた予報と違う雨が降ったりすると、私はすぐに夫は今どう思っているだろう?と考えてしまいました。
「だって予報は予報だよ!」なんて言えたらよかったのに。
もし今も夫と暮らしていたら、
〝天気予報の予報伝達人〟としての使命を全うするために、奔走していたと思います。
天気予報で心がこんなに苦しくなるなんて。
馬鹿げているけど、本当に必死でした。