妻、やめます。

モラハラ夫と過ごした日々の回想録

流産した妻をさらに苦しめたモラハラ夫~欠落した共感力

流産した妻を孤独と絶望に追いやるモラハラ夫

 

子どもを望む夫婦にとっての流産。

 

多くの夫婦にとって、この悲しみ苦しみは言葉にできないほどの心痛を伴う出来事だと思われます。

 

立ち直るまでにかかる時間
その後夫婦が選択する道

それはきっと夫婦の数だけいろいろ。


お互いに心を重ねながら
夫婦それぞれの新たな一歩を踏み出す。

 

妊娠も流産もふたりで
喜びも悲しみもふたりで

 

いろんな事情を抱えた夫婦はたくさんいるだろうけど、少なくとも私たちはお互いに同じ思いでいると思っていました。


でも現実は違った。


夫の心は遠く、私は常に孤独でした


いつもひとりで不安定な心を抱え
くりかえし溢れる悲しみと罪悪感に何度もうずくまりました。


心の手を伸ばし、必死に求めたSOS

でも、夫から返ってくるのは意識を射るような鋭く冷たい視線と、耳をちぎり捨てたくなるような非情な言葉でした。


今回は、流産した妻を非情に突き放した『共感力の欠落したモラハラ夫』についておはなしいたします。

妊娠の喜びから一転、流産の危機


結婚して1年経つ頃、妊娠の兆候があらわれました。

それは微かなノックではありましたが、新しい命の知らせを身体全体で感じとることができました。


妊娠検査薬の2つ目の小窓に浮かぶ
夢にまでみた陽性の印。


私は子どもみたいにはしゃぎました。


でも、喜びに満ちたときは一瞬。

その後、産婦人科で診てもらうと
正式には妊娠に至ってはいなかったのです。


本来、赤ちゃんを包む胎嚢の中に白いリングのような卵黄嚢と受精卵から胎児への過程にある胎芽の姿が確認できれば正常なのですが、私の場合はぼんやりとした白い卵黄嚢か胎芽のようなものがかろうじて映っていて、胎嚢の端っこに引っかかっているような状態でした。


数日後、2回目のエコー診断でもほとんど状態は変わらず。


崖っぷちに片手でしがみついてるような画が浮かびました。


一気に胸の奥が熱くなり心の中で〝落ちないで〟と必死に祈っていましたが、一緒にエコーを診ていた先生が静かにこちらを向いた瞬間、つらい現実が告げられるのを察知しました。


深い呼吸でこみあげてくるものを飲み込み、声が震えてしまわないように無駄に大きく相槌を打ちながらハキハキと応対することで何とかその場を乗り越えました。


診察を終えた私はすぐに夫にメールを送り、そのまま無我夢中でお世話になっている整体の先生のところへ向かいました。

夫が見せた2つの顔に抱いた違和感


夫は仕事を早退し、わざわざ整体院まで来てくれました。

流産の不安と夫に会えた安堵などが入り混じって泣いてしまう私の横で「妻の身体をお願いします」と先生に何度も頭を下げてくれている夫の姿に、さらにまた別の涙が溢れました。


流産の危機には変わりない状況ではありましたが、ひとりで抱えていた不安や恐怖の思いを外に出せたことで少し落ち着きを取り戻すことができました。


〝最後まで明るく希望をもとう〟


そう心を入れ替えて帰路に就きました。


夫に話したいことはたくさんありました。

診断のこと、エコーに映った赤ちゃんの様子、そのときの気もち・・・そして今日、今ここにいてくれていることへの感謝。


ところが、夫は私の話にほぼ無反応。

耳を傾けるそぶりも相槌もなく、視線は私を捉えていない。


仕事を早退をした時の様子についてだけは話してくれましたが、私の身体や赤ちゃんの状態などにはまったく触れようしませんでした。


何となく変だな
何となく悲しいな
何となくつらいな

そんな〝何となく〟よぎる違和感とジワリと広がる心の鈍痛。


それらは自宅に帰ってからはより鮮明になっていきました。



しばらく夫の様子が気になりつつも、今にも剥がれ落ちてしまいそうな命の種のために何かできることはないかと居ても立っても居られなかった私は、緊張も不安も振り払うようにお腹を温めながらさすったり、お腹に向かって明るくエールを送ったりしていました。


となりには、いつもと変わらず黙ったままテレビに視線を向けている夫。


何を考えているのか分からない横顔

いつものように度々つく大きな溜息が私を緊張させました。



「イチオも赤ちゃんにがんばれって応援して」



私と子どもにまるで興味を示さない夫への不安と焦り、張り巡らされた緊張を解こうと思いきって明るく声をかけました。


静かに向けられたその表情には明らかに〝面倒くさい〟と書いてあるようでしたが、私は気づかないフリをして無邪気に夫の手を取って自分のお腹に乗せました。



「赤ちゃんがんばれー!イチオも一緒に」


「がんばれ・・・」



私に促されて何もこもっていない〝セリフ〟をボソッと発する夫。


自ら招いてしまった悲しい場面でした。



「もういい?」


「ああ…うん。ありがとう!」



夫はそのまま何も言わずに再びテレビとの対話に戻りました。



私と子どものために駆けつけてくれた夫
私と子どものことを露骨に避けるような夫

あまりにも違う夫の2つの顔。


どうしようもない不安と孤独感をなだめるようにおなかをさすりながら眠れない夜を過ごしました。

最初で最後の親子写真


次の日、私たち夫婦は写真館にいました。

毎年結婚記念日には記念写真を撮ろうと決めていたのですが、まさにこの日が結婚記念日でした。


夫からは体調について窺うような様子はなく、私は独り言のように子宮あたりに続く鈍い痛みや違和感を伝えました。


溢れ出てしまいそうな不安や寂しさは自分の心の中に必死に閉じ込めて写真館へと向かいました。


写真屋さんの声かけに明るく応えながらカメラに笑顔を向けていた私たちですが、途中で私の身体に異変が起きました。



〝赤ちゃん、流れてる・・・〟



確実に身体からあたたかいものが流れ出てしまうのを感じていましたが、何もできませんでした。




後日、出来上がった記念写真。

そこに映るのは笑顔の私たち夫婦だけですが、私のおなかの中には子どもが一緒にいてくれています。


姿は見えないけど、最初で最後。


心の中では親子3人の記念写真となりました。

妻を苦しめる〝偶然〟と〝夫の非情〟


流産した後、産婦人科や整体の先生のおかげで身体の方は順調に回復させていくことができましたが、心の傷の方はなかなか癒えないどころかその傷をさらに深めていきました。


私の中では今回の流産がただの悲しみでは済まされない事情があったのです。



私はこの2年前、夫との間にできた子どもを中絶して手放してしまいました。

結婚前の妊娠で夫の両親から産むことを許されなかったのです。

 

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紆余曲折を経て結婚が決まった時、私は中絶した日をただ悲しい日ではなく、私たち夫婦にとって明るい未来に向けた新しいスタートの日にしたいと思い、この日を結婚記念日に選びました。


そして巡ってきた結婚記念日。

つまり、子どもの命を中絶で失ったのと同じ日。


私たちは再び子どもを失ってしまいました。



ただの〝偶然〟

私はそうは思えませんでした。



〝結婚してから豹変してしまった夫〟


夫婦として言葉や心を交わせないのは


〝私が妻として至らないから〟

〝私が夫にとって無価値な人間だから〟



子どもは私たち夫婦の現状を嘆いているのではないか、私の未熟な人間性が子どもの親としての資質にかけると戒めているのではないか、尊い命を中絶したことをまだ許してくれていないのではないか・・・

日頃の私たち夫婦の間に流れる空気が尋常ではないと自覚していた私は自分を責めることばかり考えていました。



子どもが命を懸けてメッセージを残したのだ



私は〝子どもがあえて私たちのもとを去った意味〟について話し合いたくて夫に切り出しました。

とにかく真剣でした。


しかし、日頃から私の話をまともに聞こうとしない夫は端から威圧的な態度で構えていました。


「ばっかじゃないの」

「しょうもない」


夫は私の話を最後まで聞かずに本当にどうしようもないものを見下したような冷たい目つきと口調で一蹴すると、それからは言葉を重ねようとしてもその気力が使い物にならなくなるくらい乱暴に突き放されました。


この時の夫の〝否定〟はまちがった思考で苦しむ妻の心をなだめたり救うためのものではなく、いつまでも過去に引きずられている妻への嫌悪と苛立ちが込められていたように思います。



周りに迷惑かけないように
夫に嫌われないように

〝悲しみを脱ぎ捨てて明るく前向きな自分でいなくては〟と決意して努力しました。


でも、心の傷はいつまでもふさがらず
その痛みは何度も何度も私の身体中を駆け巡りました。



中絶した後から度々起こるフラッシュバック

大切な命を失った悲しみと罪悪感

夫の望みを叶えられない自分
周りの期待に応えられない自分
どこまでもつきまとう虚無感



涙が溢れ
胸が締めつけられ

深い呼吸をしながらすべてが過ぎ去るのを待ちました。


夫はそんな私の異変をいつも冷めた様子で放置しました。



ダメな私を夫に見せたくない

ダメな私も夫に受け止めてほしい

 


どちらも狂おしいほど素直な私の叫び。

本当は心いっぱい夫に助けを求めていました。


結局、夫は最後まで私の心を否定し拒絶し突き放し続けました。

 

モラハラ夫にとっての〝共感〟はただの道具


〝私たちは子どもを流産で失った〟


夫も本当は悲しいはずだ


言葉がないのも
表情がないのも

私を責めないため
私を追い詰めないため

私のためにあえて悲しみを隠して冷静になろうとしているのだ


私と向き合えないのは
感情的になるのが怖いから


これはすべて夫の優しさであり愛情なんだ



〝夫は人の心に共感できない〟

〝夫は妻の心に関心がない〟

〝夫は悲しんでいない〟


私はこの事実を受け入れたくなくて、無意識に夫を庇おうとしていました。



夫を庇うことで現実から目を背けて自分をごまかしていないとそこに立っていられなかったと思います。



今はしっかり現実を受け止めることができます。


夫が仕事を早退してきてくれたのも
先生に私のことをお願いしてくれたのも


〝自分のため〟


人の目があるところでは〝ものすごい愛妻家〟を演じていた夫。


自分の歪んだ欲求を満たすための行動だったんだな、と思うとものすごくしっくりきました。



〝人の心に寄り添う共感力〟


モラハラ夫が自分の欲求や願望に忠実に生きるにはまったく必要のないものであり、ただ〝素晴らしい俺〟を演出するための道具に過ぎなかったのだと思います。

 

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たった一言でも
ほんの一瞬でも

夫から真の愛情を感じることができたなら
優しいぬくもりの中で眠ることができたなら

私はずっと夫の心を求めていました。


しかし、

実際はいつまでも残る心の傷をひとりで抱えていました。


ふたりのことなのに
ふたりでいるのに

いつも孤独でした。



その後も子どもが授からなかった私たち。


妻としての自分に自信を失うばかりの私に対し夫がまともに向き合うことはなく、ことごとく私の心と感情を否定し潰していきました。


不妊に悩む妻の心を引き裂いたモラハラ夫の言動や態度については、またどこかでおはなししていきたいと思います。

 

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